7月9日は、細野晴臣が日本のポップミュージックの地図を書き換えてきた歩みを聴きたい

7月9日は、細野晴臣が日本のポップミュージックの地図を書き換えてきた歩みを聴きたい

7月9日は、細野晴臣の誕生日。日本のポップミュージックを語るとき、ロック、フォーク、電子音楽、アンビエント、トロピカル、映画音楽までをひとつの流れとしてつないでしまうこの人の存在はやはり特別だ。細野晴臣の歩みをたどると、日本の音楽がどこで更新され、どこから世界へ開いていったのかがかなりはっきり見えてくる。

はっぴいえんどからYMOまで、日本語のポップスと未来の電子音楽を同時に押し広げた

細野晴臣は、はっぴいえんどのメンバーとして日本語でロックを成立させた時代の中心に立ち、その後もティン・パン・アレーで都市的なポップスの洗練を支えた。そしてYellow Magic Orchestraでは、シンセサイザーとプログラミングを武器に、日本の音楽が世界のポップカルチャーと接続する回路を一気に開いている。ひとつの様式に留まらず、時代ごとに新しい言語を選び取りながら、そのたびに「次の当たり前」を先回りして作ってきたところが、細野晴臣のすごさだと思う。

プロデューサーとしても、自分の作品以上に日本の耳を更新してきた

細野晴臣の重要さは、自分名義の作品だけでは終わらない。数多くのアーティストの制作に関わり、演奏、作曲、編曲、プロデュースを通じて、日本のポップスに新しい質感を持ち込んできた。軽やかなのに深く、実験的なのに親しみやすい。そのバランス感覚は、のちのシティポップ再評価やエレクトロニックミュージックの受容にもつながっている。細野の仕事を聴くと、日本の音楽史は一直線ではなく、遊びと越境で進んできたのだとよくわかる。

今日聴くなら

今日はまず、はっぴいえんどで日本語ロックの手触りを確かめたい。そこからYMOで未来志向のグルーヴに飛び、さらにソロ作品で南国趣味やアンビエントの広がりに触れると、細野晴臣という音楽家の射程が一気につかめる。7月9日は、一人の巨匠の代表作を並べる日というより、日本のポップミュージックが何度も生まれ変わってきた流れそのものを聴き直す日にしたい。