6月26日は、PERSONZのビートを支え続ける藤田勉の歩みを振り返る

6月26日は、PERSONZのドラマー藤田勉の誕生日。1980年代の日本のロックを振り返るとき、派手なフロントマンや名曲の陰で、バンドの推進力そのものを担っていたドラマーの存在を見落としたくない。PERSONZのまっすぐな疾走感を支えてきた藤田勉の歩みは、その好例である。
1984年のPERSONZ改名期から、バンドの土台を作ってきたドラマー
藤田勉は1962年6月26日生まれ。新潟でアマチュアバンド活動をしていたのち、渡邉貢に誘われてPERSONZのオーディションに参加し、1984年6月21日に新宿LOFTで行われた改名お披露目ライブで正式メンバーとして紹介された。PERSONZはその後、ライブハウスを中心に支持を広げ、1987年にメジャーデビューを果たす。JILLの力強いボーカル、本田毅のギター、渡邉貢のベースと並んで、藤田のドラムはバンドの輪郭をはっきりと作る役割を担っていた。速さだけではなく、歌を前へ押し出す安定感があったからこそ、PERSONZの楽曲は大きな会場でも芯を失わなかった。
「DEAR FRIENDS」の時代を支え、日本のロックバンド像に厚みを加えた
PERSONZは1989年の「DEAR FRIENDS」のヒットや、同年のアルバム『DREAMERS ONLY』の成功で、女性ボーカルを擁する日本のロックバンドとして広く存在感を示した。PERSONZの魅力は、ニュー・ウェイヴやポップ感覚を持ちながらも、ライヴでしっかり体温が伝わるところにある。その熱を成立させていたのが、藤田勉の真っ直ぐで粘りのあるビートだった。さらに藤田は、後年にドラム教則作品を出したり、新選組を題材にした音楽制作にも取り組んだりと、バンドの外でも活動の幅を広げている。ひとつのバンドを長く支えるプレイヤーが、日本のロック史にどれだけ重要かを思い出させてくれる存在だ。
今日聴くなら
今日はまず「DEAR FRIENDS」を聴きたい。PERSONZの代表曲として親しまれてきた理由と、藤田勉のドラムが曲全体をどう前進させているかがよくわかるからだ。続いてアルバム『DREAMERS ONLY』、さらに初期のライヴ感が濃い時期の音源へ進むと、このバンドが日本のロックに刻んだ手触りがより立体的に見えてくる。6月26日は、目立つスター性だけではなく、走り続けるバンドの足腰を作るプレイヤーに耳を澄ませたくなる日である。