6月17日は、RIP SLYMEのILMARIが日本語ラップの軽やかさを広げた日

6月17日は、RIP SLYMEのMC・ILMARIの誕生日。日本語ラップが一気に身近になった2000年代初頭を振り返るとき、硬派さだけでも、流行だけでもない、あの軽やかなバランス感覚を抜きに語ることはできない。ILMARIの存在は、その空気を形にした象徴のひとつだった。
1994年結成のRIP SLYMEで、ILMARIは日本語ラップの入口を広げた
ILMARIは1975年6月17日生まれ。RIP SLYMEは1994年に結成され、2001年3月22日に「STEPPER’S DELIGHT」でメジャーデビューした。グループには複数のMCがいるが、その中でILMARIのハスキーで抜けのいい声色は、楽曲全体の輪郭をやわらかく整える役割を果たしていた。ラップを“強さ”や“速さ”だけで聴かせるのではなく、耳に残るポップミュージックとして届ける感覚は、当時のJ-POPの中でもかなり新鮮だった。ヒップホップを専門的な文化として閉じず、日常のプレイリストへ連れ出した功績は大きい。
『TOKYO CLASSIC』以降の広がりが、ヒップホップの景色を変えた
RIP SLYMEは2002年に2ndアルバム『TOKYO CLASSIC』を発表し、大きなセールスと知名度を獲得した。以後も「楽園ベイベー」「One」「JOINT」など、季節感や都市のムードをまとった楽曲を送り出し、日本語ラップをクラブの外へ押し広げていく。そこにあったのは、難解さよりも身体感覚、説教くささよりも遊び心だ。ILMARIはその中心で、ファッション性とストリート感覚、親しみやすさと洒落っ気を同時に成立させていた。RIP SLYMEが“ヒップホップなのに売れた”のではなく、“ヒップホップだからこそポップを更新できた”と思わせたことに意味がある。
今日聴くなら
今日はまず「STEPPER’S DELIGHT」で、メジャー初期の風通しのよさを味わいたい。そこから『TOKYO CLASSIC』、さらに「楽園ベイベー」や「JOINT」へ進むと、RIP SLYMEが日本のポップミュージックに残した足跡がよく見えてくる。6月17日は、ILMARIの誕生日をきっかけに、日本語ラップが軽やかさを武器に広がっていった瞬間を聴き直す日にしたい。