6月16日は、日本のロックギターを更新し続けるCharの誕生日

6月16日は、Charの誕生日。日本のロックギターを語るとき、テクニックだけでなく、歌心と色気まで含めて「ギタリスト像」を広げた存在として、この名前はやはり外せない。いま聴いても古びないのは、音の鋭さより先に、演奏の中に身体感覚があるからだと思う。
7歳でピアノ、8歳でギター、そして1976年にソロデビューしたChar
ユニバーサル ミュージックの公式バイオグラフィーによれば、Charこと竹中尚人は1955年東京生まれ。7歳からクラシックピアノを習い始め、ベンチャーズの影響で8歳にしてギターを手にした。11歳でバンドを組み、中学生のころにはすでにスタジオでプロ活動を行っていたというから、早熟という言葉でも足りない。1973年にはSMOKY MEDICINEを結成し、その後単身渡米。帰国後の1976年6月にシングル「NAVY BLUE」でソロデビューし、同年9月には1stアルバム『Char』を発表している。6月16日は、その長いキャリアの出発点を生んだ誕生日として振り返る意味が大きい。
1977年のヒット曲群が、日本のロックと歌謡曲の間に新しい通路を作った
同じく公式バイオグラフィーでは、1977年に「気絶するほど悩ましい」「逆光線」「闘牛士」と次々にヒットを飛ばし、歌謡界に新風を吹き込み、歌謡曲とロックの隙間を埋めたと記されている。ここがCharの決定的なおもしろさだ。難解さや地下性だけをロックの価値にせず、強いギターを鳴らしながら、メロディとして大衆の耳にも届く形へ整えていた。その感覚は後の日本のポップスやバンドシーンにもずっと残っている。技巧派の象徴でありながら、同時に“歌の人”としても成立していたことが、Charを特別な存在にしている。
今日聴くなら
今日はまず、1976年の出発点である「NAVY BLUE」から入りたい。そのうえで、1977年の「気絶するほど悩ましい」「逆光線」「闘牛士」へ進むと、Charが単なる名ギタリストではなく、日本のメインストリームにロックの質感を持ち込んだアーティストだったことがよくわかる。6月16日は、フレーズの巧さだけでは終わらない、日本のロックギターの豊かな色気を聴き直す日にしたい。