5月19日は、鈴木博文が育てたムーンライダーズ以後のことばを聴き返したい

5月19日は、鈴木博文が育てたムーンライダーズ以後のことばを聴き返したい

5月19日は、日本のロックやポップスの流れを「大きなヒット」ではなく「言葉の手触り」から辿りたくなる日だ。ムーンライダーズのベーシストとして、そして作詞家、作曲家、プロデューサーとして動き続けてきた鈴木博文は、派手に時代を制圧するタイプではない。それでも彼の仕事は、都市的でひねりのある日本語のポップスがどこまで自由になれるかを、長い時間をかけて示してきた。

1954年5月19日、鈴木博文が生まれる

鈴木博文は1954年5月19日生まれ。ムーンライダーズのベーシストとして知られ、作詞家、作曲家、シンガーソングライターとしても活動してきた。実兄は同じくムーンライダーズの鈴木慶一で、博文は1975年のムーンライダーズ結成時から参加している。さらに1985年には生家2階に湾岸スタジオを開設し、1987年にはインディーズ・レーベルのメトロトロン・レコードを主宰した。5月19日は、一人のプレイヤーの誕生日というだけでなく、日本のインディー以後の音楽文化を支えた編集感覚の出発点としても思い出したい日である。

ムーンライダーズ以後の日本語ポップスに残した感覚

鈴木博文の重要さは、ムーンライダーズの一員として都市生活のねじれやユーモアを含んだ歌を作ってきたことに加えて、その周辺へ広がる仕事の多さにある。メトロトロン・レコードでは、自身の作品だけでなくカーネーションや青山陽一らの作品も送り出し、メジャーとは別の速度で育つ日本語ロックやポップの場を支えた。また作詞家としても、高橋幸宏、中川勝彦、堀ちえみらに詞を提供している。前に出過ぎず、けれど確実に語彙と景色を変えていく。その姿勢は、80年代以降の日本のポップスにおける「裏方の美学」を体現しているように見える。

今日聴くなら

今日はまずムーンライダーズの作品から、彼らしい言葉の屈折と軽やかさが感じられる曲を選びたい。そのうえで鈴木博文のソロや、メトロトロン周辺のカーネーション、青山陽一までつなげて聴くと、一つのバンドの歴史ではなく、日本のインディーとポップスを横断する流れとして見えてくる。大きな物語の陰で、音楽の空気を少しずつ変えていく人がいる。5月19日は、鈴木博文の誕生日をきっかけに、そういう静かな更新の歴史へ耳を澄ませたい。