5月11日は、泉谷しげるの「春夏秋冬」が日本の歌に残したむき出しの体温を思い出したい

5月11日は、泉谷しげるの「春夏秋冬」が日本の歌に残したむき出しの体温を思い出したい

5月11日は、泉谷しげるの誕生日。日本のフォークやロックを振り返ると、上手さや整い方より先に、感情のざらつきそのものが届いてくる歌がある。泉谷しげるの代表曲「春夏秋冬」はまさにそういう一曲で、人生の不器用さややるせなさを、きれいに整理せずそのまま言葉に押し込んだ、日本語の歌としてかなり特別な存在だった。

1948年5月11日、泉谷しげるが生まれる

泉谷しげるは1948年5月11日生まれ。1971年にライブ・アルバム『泉谷しげる登場』でデビューし、1972年にはアルバム『春夏秋冬』を発表した。同作のタイトル曲「春夏秋冬」は、のちに泉谷の最大のヒット曲であり代表曲として広く知られるようになる。激しい物言いとむき出しの声で語られることの多い人だが、その根っこにあるのは、怒りだけではなく弱さや迷いまで抱えたまま歌う姿勢だ。だからこそ、ただ荒っぽいだけでは終わらず、聴く側の生活感に深く入り込んでくる。

「春夏秋冬」が日本の歌に残したもの

「春夏秋冬」は1972年に発表され、同年には日比谷野外音楽堂でのライブ音源がシングル化された。季節の移ろいを借りながら、青春の光だけでなく取り返しのつかなさや所在なさまで歌い込んだこの曲は、日本のフォークの名曲として長く歌い継がれてきた。福山雅治、松山千春、和田アキ子、さだまさしらにカバーされていることからもわかるように、この曲の強さは時代や歌い手を越えて残る。言葉の並びは朴訥でも、感情の芯がぶれない。日本語の歌が“うまく説明する”より先に“生き方ごと鳴ってしまう”瞬間を示した一曲として、いま聴いても鮮烈だ。

今日聴くなら

まずはオリジナルの「春夏秋冬」を聴きたい。整った歌唱ではなく、言葉がこぼれ落ちそうな切迫感ごと味わうと、この曲が単なる懐メロではないことがよくわかる。そこからアルバム『春夏秋冬』や初期作をたどれば、70年代日本語フォークが持っていた生々しさと、泉谷しげる特有の不機嫌なやさしさが見えてくるはずだ。5月11日は、泉谷しげるを“激しい人”としてだけでなく、日本の歌にむき出しの体温を残した書き手として聴き返したい。