5月8日は、中原めいこが80年代ポップスに残した南国の魔法を聴き返したい

5月8日は、中原めいこが80年代ポップスに残した南国の魔法を聴き返したい

5月8日は、中原めいこの誕生日。1980年代の日本ポップスを振り返ると、『君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。』の一撃で名前を刻んだ人、というだけでは少し足りない。ラテン、ディスコ、AOR、歌謡曲の大衆性を自然につなぎ、あとから振り返るとJ-POPの器用さを先回りしていた書き手として聴き直したくなる。

1959年5月8日、中原めいこが生まれる

中原めいこは1959年5月8日、千葉県四街道市に生まれた。中学生の頃から作曲を始め、ポップス・スクールで音楽を学び、バックコーラスなどの経験も積んだのち、1982年に『今夜だけDANCE・DANCE・DANCE』でデビュー。同年には1stアルバム『COCONUTS HOUSE』も発表している。80年代前半の女性シンガーソングライターが並ぶ時代にあって、自作曲を軸にしながら、最初から都会的でリズム感の強いポップスを鳴らしていたのが中原めいこの個性だった。

『君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。』が示した先進性

中原めいこの代表曲としてまず挙がるのは、1984年4月5日発売の6枚目のシングル『君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。』だ。カネボウの夏のキャンペーンソングとして広く届いたこの曲は、耳に残るフレーズの強さだけでなく、南国イメージを借りながら歌謡曲とダンス・ポップを接続するセンスが抜群だった。その後も『ロ・ロ・ロ・ロシアン・ルーレット』や『鏡の中のアクトレス』などで、ファンク、シンセポップ、アニメ主題歌的な華やかさまで軽やかに取り込み、80年代J-POPの雑食性を先取りしていたと言える。

今日聴くなら

まずはやはり『君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。』から入りたい。言葉のキャッチーさに耳を奪われるが、実はアレンジやリズムの設計がかなり洗練されている。続けてアルバム『COCONUTS HOUSE』を聴けば、デビュー時点での完成度の高さがわかるし、『鏡の中のアクトレス』まで進めば後年のシティポップ再評価に接続される理由も見えてくる。5月8日は、中原めいこを“夏の一発”ではなく、80年代日本ポップスの発明家として聴き返したい日だ。