5月5日は、佐藤竹善が磨いたSING LIKE TALKINGの都会的ポップスを聴き返したい

5月5日は、佐藤竹善が磨いたSING LIKE TALKINGの都会的ポップスを聴き返したい

5月5日は、SING LIKE TALKINGのフロントマンとして知られる佐藤竹善の誕生日。1980年代後半から1990年代のJ-POPを振り返ると、英語圏AORやソウルの手触りを日本語のポップスとして無理なく鳴らした存在は意外と多くない。その意味で、佐藤竹善の歌声と作曲感覚は、いま聴いてもかなり特別だ。

1963年5月5日、青森に佐藤竹善が生まれる

佐藤竹善は1963年5月5日、青森県で生まれた。高校時代から藤田千章、西村智彦らと音楽活動を行い、1985年にバンドの前身となる動きを本格化。1986年にはSING LIKE TALKING名義で「ヤングジャンプ・サウンド・コンテスト ’86」のグランプリを獲得し、1988年9月30日にシングル「Dancin’ With Your Lies」でデビューした。誕生日という個人的な節目から見ても、佐藤竹善の歩みは地方のバンドが都会的な音楽性を磨き上げ、全国区のポップスへ届いていく物語として面白い。

日本語ポップスにAORとソウルの洗練を持ち込んだ

SING LIKE TALKINGの大きな魅力は、ただ洋楽志向だったことではなく、その影響を日本語のメロディと歌唱に落とし込んだ点にある。1993年のアルバム『ENCOUNTER』、1994年の『togetherness』はいずれもオリコン1位を記録し、90年代J-POPのど真ん中で独自の上質さを示した。佐藤竹善自身も小田和正や山下達郎のツアーでバックコーラスを務めるなど、ボーカリストとして高く評価されてきた。派手な流行語よりも、音の艶やコーラスワーク、リズムの滑らかさで記憶に残るタイプの音楽が、日本のメインストリームでも成立したことを彼らは証明したと言える。

今日聴くなら

今日はまずデビュー曲「Dancin’ With Your Lies」で、当初から完成度の高かったバンド像を確かめたい。そこから『ENCOUNTER』や『togetherness』へ進むと、SING LIKE TALKINGが90年代の日本のポップスにどれだけ都会的な陰影を持ち込んだかがよくわかる。さらに佐藤竹善のソロやSALT&SUGARまで広げれば、歌のうまさだけではない、選曲眼とアンサンブル感覚の鋭さにも気づくはずだ。5月5日は、上質な日本語ポップスを静かに再発見するのに向いた一日である。