5月2日は、鮎川誠が生まれためんたいロックの源流を振り返る

5月2日は、鮎川誠が生まれためんたいロックの源流を振り返る

5月2日は、鮎川誠の誕生日。サンハウス、そしてシーナ&ザ・ロケッツで鳴らされたあのギターは、日本のロックが英米の模倣だけでは終わらず、土地の匂いをまとったまま前に進めることを示した。福岡から立ち上がった荒っぽさと品の良さが同居するサウンドの源流を、この日に改めてたどってみたい。

1948年5月2日、鮎川誠が福岡県久留米市に生まれる

鮎川誠は1948年5月2日、福岡県久留米市生まれ。のちに1970年にサンハウスを結成し、1975年にメジャー・デビュー、さらに1978年にはシーナ&ザ・ロケッツを結成した。福岡のシーンから出てきた彼のギターは、ブルースやロックンロールへの深い愛情を土台にしながら、湿度を含んだ日本語ロックの手触りへつながっていく。1979年にはシーナ&ザ・ロケッツの「ユー・メイ・ドリーム」が広く知られ、鮎川の名前は“めんたいロック”を語るうえで欠かせないものになった。誕生日そのものは一見静かな節目だが、日本のロック史では、この日に生まれた人物が後の景色をかなり変えたと言っていい。

日本のロックを“輸入文化の写し”で終わらせなかった存在

鮎川誠の重要さは、単に名ギタリストだったことだけではない。サンハウスでの剥き出しの演奏、シーナ&ザ・ロケッツでのポップさと爆発力の両立によって、日本のロックがもっと生活感のある言葉と身体感覚を持てることを証明したところにある。さらにYMO作品やライブにも関わったことで、パンク、ロックンロール、ニューウェイヴがゆるやかにつながる80年前後の日本の音楽地図にも姿を残した。東京発の洗練とは別の文脈から中心へ食い込んだ鮎川の歩みは、地方からでも独自の美学で全国区になれるという希望そのものでもあった。

今日聴くなら

今日はまずサンハウスの荒々しさに触れてから、シーナ&ザ・ロケッツの「ユー・メイ・ドリーム」やアルバム『真空パック』へ進みたい。ギターの切れ味だけでなく、バンド全体の重心の低さや言葉の乗り方に耳を向けると、鮎川誠がただ“かっこいいロックの人”で終わらない理由がよくわかるはずだ。5月2日は、日本のロックがどこから熱を帯びたのかを思い出す日にちょうどいい。