4月24日は、森田童子の歌が今も刺さる理由をあらためて辿る

4月24日は、森田童子の歌が今も刺さる理由をあらためて辿る

4月24日は、森田童子の命日。1970年代の日本のフォークが社会の熱気から少し距離を取り、より私的な孤独へ沈んでいった流れのなかで、森田童子の歌は特別な暗さと親密さを残した。表立って多作な人ではなかったのに、今も名前が消えないのは、その歌が時代の気分ではなく、聴き手の心の深い場所に触れていたからだ。

1983年に表舞台を去っても、作品は消えなかった

森田童子は1975年にデビューし、1983年の活動休止までにアルバム7枚、シングル4枚を発表したシンガーソングライターだ。サングラス姿と寡黙なイメージでも知られ、私生活をほとんど明かさないまま、80年代前半に表舞台から姿を消した。その後も作品はひそかに聴き継がれ、1993年には「ぼくたちの失敗」がテレビドラマ『高校教師』の主題歌として再び大きな注目を集める。4月24日は、2018年にその生涯を閉じた日として記憶されているが、彼女の音楽はそこで終わったわけではなかった。

孤独を誇張せずに歌ったから、時代を越えた

森田童子の重要さは、青春の挫折や痛みを“文学的な飾り”として処理しなかったところにある。細い声と簡素な編成、そして言い切りすぎない日本語は、聴き手に解釈の余白を残した。だからこそ90年代のドラマ文脈でも、2020年代のリスナーにとっても、ただの懐古ではなく現在進行形の歌として届く。社会を大きく語るのではなく、誰にも言えない感情の置き場所を示したことが、森田童子を日本音楽史のなかで特異な存在にしている。

今日聴くなら

今日聴くなら、まずはやはり「ぼくたちの失敗」から入りたい。彼女の歌の核にある、弱さを弱さのまま差し出す感覚がもっとも広く伝わる一曲だ。そのあとで『ラスト・ワルツ』や『東京カテドラル聖マリア大聖堂録音盤』へ進むと、スタジオ録音だけでは見えにくい張りつめた空気や、静かな熱量まで感じられる。4月24日は、森田童子の歌が“暗い名曲”で終わらず、日本語の内省的なポップスの基準を更新したことを聴き直す日にしたい。