3月31日は、戸川純の誕生日から日本のオルタナティブ表現を聴きなおす

3月31日は、戸川純の誕生日。1980年代の日本ポップを振り返るとき、歌謡曲でもニューミュージックでもない場所から強烈な輪郭を持って現れたこの人の存在はやはり特別だ。ゲルニカ、ヤプーズ、そしてソロへと続く仕事をたどると、日本のポップスがどこまで過激で、どこまで自由になれたのかがよく見えてくる。
1961年3月31日生まれ、ゲルニカで独自の世界観を切り開いた
戸川純は1961年3月31日生まれ。1981年に上野耕路、太田螢一とともに音楽ユニット、ゲルニカを結成し、1982年にはアルバム『改造への躍動』でデビューした。戦前の歌謡曲や唱歌、軍歌のイメージをシンセサイザーで再構成するゲルニカの手法は、当時の日本のポップシーンでもかなり異色だったが、その異物感こそが戸川純の声の魅力を際立たせた。懐かしさと不穏さ、可憐さと冷たさが同時に立ち上がる歌唱は、単なる個性派という言葉では片づけにくい説得力を持っていた。
ソロ『玉姫様』とヤプーズが示した、日本のオルタナティブ表現の広がり
戸川純の重要さは、ゲルニカだけで終わらないところにある。1983年にはヤプーズを結成し、1984年にはソロ名義のオリジナルアルバム『玉姫様』を発表した。タブー視されがちな題材や身体感覚を正面から歌詞に持ち込みながら、同時にポップとして成立させてしまうその表現は、のちの日本のオルタナティブや女性表現を考えるうえでも見逃せない。テレビ出演で広く知られた一方、作品自体は今もなお簡単には均質化されないままで、その尖り方が時代を超えて響いている。
今日聴くなら
今日聴くなら、まずはゲルニカ『改造への躍動』で戸川純の声がどんなふうに前景化されたのかを確かめたい。続けてソロ作『玉姫様』に進めば、より剥き出しで危うい魅力が見えてくるはずだ。さらにヤプーズの初期音源までたどると、彼女が単に「個性的な歌手」ではなく、日本のポップが抱え込めなかった感情や美意識を歌に変えてきた存在だったことがわかる。3月31日は、その唯一無二の響きを改めて浴びたい日だ。