3月28日は、島津亜矢の誕生日から“歌怪獣”の射程を聴きなおす

3月28日は、島津亜矢の誕生日。演歌の世界で鍛え上げられた人として知られながら、その声はジャンルをまたいでも輪郭を失わない。近年は“歌怪獣”の異名でも広く知られるが、その説得力は突然生まれたものではなく、長い下積みと本流の演歌で積み重ねた実績の上にある。3月28日は、その歩みをたどりながら、日本の歌唱そのものの厚みを聴きなおしたい日だ。
1971年3月28日生まれ、1986年に「袴をはいた渡り鳥」でデビュー
島津亜矢は1971年3月28日、熊本県生まれ。幼少期から歌のコンテストに出場し、1985年には14歳で作詞家・星野哲郎に弟子入りした。翌1986年に「袴をはいた渡り鳥」でデビューして以降、演歌歌手として着実にキャリアを積み、1991年の「愛染かつらをもう一度」は30万枚を超えるヒットになった。早くから実力派として知られていたこと、そして本格派の演歌を真正面から歌い続けてきたことが、後年のジャンル横断的な評価の土台になっている。
紅白出場と『SINGER』シリーズが示した、演歌の外にも届く歌声
2001年には「感謝状・母へのメッセージ」でNHK紅白歌合戦に初出場。さらに2015年には「帰らんちゃよか」で14年ぶりに紅白へ戻り、以後も存在感を示した。島津亜矢の評価をさらに広げたのが、2010年に始まったポップスのカバー企画『SINGER』シリーズだ。2018年の紅白で中島みゆき「時代」を歌った際や、その前日の日本レコード大賞で宇多田ヒカル「First Love」を披露した際には、演歌歌手という肩書きだけでは収まりきらない歌唱力が広く話題になった。“歌怪獣”という呼び名が定着したのも、この圧倒的な表現力があってこそだ。
今日聴くなら
今日聴くなら、まずはデビュー曲「袴をはいた渡り鳥」と、代表曲のひとつ「帰らんちゃよか」で演歌歌手としての芯を確かめたい。そのうえで『SINGER』シリーズに進むと、島津亜矢の強みが単なる声量ではなく、曲ごとに言葉の重さと情景を立ち上げる力にあることがよくわかる。演歌の人がポップスを歌う、という見方では少し足りない。3月28日は、島津亜矢の誕生日をきっかけに、日本の歌い手の到達点のひとつとしてその声を味わいたい。