3月23日は、森山加代子の誕生日から日本のカバーポップス黄金期をたどる

3月23日は、森山加代子の誕生日から日本のカバーポップス黄金期をたどる

3月23日は、森山加代子の誕生日。戦後の日本のポップスがまだ洋楽カバーを大きな入口にしていた時代を振り返ると、森山加代子の存在は欠かせない。1960年の「月影のナポリ」で鮮烈に登場し、その後の「白い蝶のサンバ」へつながる歩みは、日本の歌謡ポップがどのように大衆へ広がったかを映している。

1940年3月23日生まれ、1960年「月影のナポリ」で一気にブレイク

森山加代子は1940年3月23日、北海道函館市生まれの歌手。大きな転機は1960年6月、イタリアの歌手ミーナの「月影のナポリ」を日本語カバーした同名シングルでデビューしたことだった。この曲は当時50万枚を売り上げる大ヒットとなり、森山加代子はデビュー年にNHK紅白歌合戦へ初出場するという異例の速さで全国区の存在になる。ここで重要なのは、ただ洋楽をなぞったのではなく、海外ポップスの軽快さを日本の歌謡市場の中に自然に着地させたことだ。日本の大衆音楽が国際的な流行を取り込みながら独自の歌文化を育てていく、その初期の勢いを森山加代子は体現していた。

「白い蝶のサンバ」まで続く、親しみやすい歌謡ポップの強さ

森山加代子を語るとき、「月影のナポリ」だけでは足りない。1970年の「白い蝶のサンバ」もまた、彼女の代表曲として長く記憶されている一曲だ。60年代の洋楽カバー時代を経たあとも、森山加代子は親しみやすく華やかな歌唱で広い層に届く歌を残した。ここに彼女の大きさがある。カバーポップスの担い手として登場しながら、最終的には日本の歌謡ポップそのものの記憶に残る存在になったことだ。戦後日本の音楽史を見れば、洋楽受容から国産ポップスの成熟へ向かう流れがあるが、森山加代子はその橋渡し役の一人だったと言える。

今日聴くなら

今日聴くなら、まずは「月影のナポリ」で1960年前後の日本に広がったカバーポップスの空気を味わいたい。軽やかなメロディと親しみやすい日本語の響きが、当時の新しさをよく伝えてくれる。続けて「白い蝶のサンバ」を聴けば、森山加代子が一過性のブームではなく、時代を越えて残る歌を持った歌手だったことがわかる。3月23日は、日本のポップスが海外の流行を自分たちの歌に変えていった、その面白さを改めて確かめる日にしたい。