3月20日は、竹内まりやの誕生日からJ-POPの普遍性を聴き直す

3月20日は、竹内まりやの誕生日。日本のポップスを長く聴いていると、時代ごとの流行をくぐり抜けながら、何度でも戻ってきたくなる曲を書く人がいる。竹内まりやはまさにその一人で、シティポップ文脈の再評価だけでは収まりきらない、J-POPの普遍性そのものを体現してきた存在だ。
1955年3月20日生まれ、1978年にデビューした竹内まりや
竹内まりやは1955年3月20日生まれ、島根県出身のシンガーソングライター。大学在学中から音楽活動を始め、1978年にシングル「戻っておいで・私の時間」、アルバム『BEGINNING』でデビューした。初期から英米ポップスの影響を感じさせる軽やかな感覚と、日本語の響きを崩さない歌作りを両立していたのが大きな魅力だった。80年代以降は自身の歌手活動に加え、作家としても存在感を強め、ポップスを“おしゃれ”で終わらせず、生活に残る歌へと仕上げる力を発揮していく。
自作曲と提供曲の両輪で、J-POPの定番を作ってきた
竹内まりやの重要さは、自分で歌う代表曲と、他の歌手に託した楽曲の両方が長く愛されている点にある。1984年のアルバム『VARIETY』に収録された「PLASTIC LOVE」は、後年になって世界的な再評価を受け、シティポップを象徴する一曲として広く知られるようになった。一方で、薬師丸ひろ子「元気を出して」や中森明菜「駅」など、提供曲やセルフカバーを含む仕事でも、聴き手の記憶に強く残る言葉と旋律を生み出してきた。派手な一発ではなく、年月とともに意味を増していく曲を書けることこそ、竹内まりやが日本の音楽史に刻まれている理由だ。
今日聴くなら
今日聴くなら、まずは「PLASTIC LOVE」で竹内まりやの洗練されたポップセンスを味わいたい。次に『VARIETY』へ進めば、80年代の空気をまといながらも古びない楽曲の強さがよくわかる。さらに「元気を出して」や「駅」に耳を伸ばすと、彼女が単なるシティポップのアイコンではなく、人生の節目に寄り添う言葉を書き続けてきたソングライターだと実感できる。3月20日は、竹内まりやの曲がなぜ今も日常に戻ってくるのかを確かめたくなる日だ。