3月19日は、尾崎亜美の誕生日から歌い継がれるポップスの強さをたどる

3月19日は、シンガーソングライター尾崎亜美の誕生日。日本のポップスを振り返ると、彼女の名前は自作曲の世界だけでなく、他の歌い手に託した楽曲の強さと一緒に思い出される。書き手としての個性と、歌い継がれるメロディーの普遍性が両立しているところに、尾崎亜美の面白さがある。
3月19日生まれ、1976年にデビューした尾崎亜美
尾崎亜美は1957年3月19日生まれ。京都出身のシンガーソングライターで、1976年にシングル「冥想」でデビューした。同年にはアルバム『SHADY』も発表し、早い段階からソングライターとしての資質に注目が集まった。自分で歌う表現者である一方、ピアノを軸にした洗練されたメロディーと、親しみやすさのある言葉選びで、70年代後半の日本のポップスにしなやかな手触りを持ち込んだ存在でもある。派手な強さではなく、聴くほどに輪郭が残る曲を書く人だったことが、長いキャリアの土台になった。
「オリビアを聴きながら」や「天使のウィンク」に続く仕事の広がり
尾崎亜美の重要さは、提供曲の並びを見るとよくわかる。1978年には杏里のデビュー曲「オリビアを聴きながら」の作詞・作曲を手がけ、この曲は発売当時の順位以上に、後年スタンダードとして歌い継がれる一曲になった。さらに松田聖子「天使のウィンク」など、多くのアーティストへ楽曲を提供し、80年代以降のJ-POPに軽やかさと洗練を加えていく。本人の歌声で聴くと繊細に響く曲が、別の歌い手を通すとまた違う輪郭を見せる。この“書き手としての強さ”こそ、尾崎亜美が日本のポップス史で特別な理由だ。
今日聴くなら
今日聴くなら、まずは尾崎亜美自身の「マイ・ピュア・レディ」で、メロディーメイカーとしてのしなやかさを味わいたい。そこから杏里「オリビアを聴きながら」に移ると、提供曲が時代を越えて残る理由がよくわかる。さらに松田聖子「天使のウィンク」まで聴けば、尾崎亜美が一人のアーティストに閉じず、日本のポップス全体の響きを豊かにしてきたことが実感できる。3月19日は、作者の名前からJ-POPを聴き直したくなる日だ。